「という訳だ。さあ、料理っつうもんを教えやがれクソ宍戸」
「何がという訳だなんだ大体それが人に物を頼む態度かクソ宍戸って何だそのクソっていう無駄な冠詞は何なんだ一体跡部景吾さんよぉ」
「……頭悪ぃ癖に冠詞とかちょっと難しそうな言葉とか使ってんじゃねーよ」
「何だとコラおいもういっぺん言ってみろ」
何だこの役立たず野郎は。大体この俺様とあろう者が優雅な休日を使ってきてやってんだぞこの野郎。今日はあー、土曜日だっけか?そうだ、土曜日で本来ならマルガレーテの散歩にでも行きたい所だってのに来週の金曜日の調理実習の為に俺の休日を使ってやってんだぞ。こんな庶民の家に。宍戸の部屋に入ったはいいが何だこの部屋は。マルガレーテの小屋より小せぇじゃねえか。エリザベートなんか入れねぇな絶対。その前に俺の自慢の馬なんかこいつん家に連れてきてやらないがな。それはいいとして、宍戸の野郎はもう8時だってのにまだ寝てやがった。俺が叩き起こすと甘ったれた声で「長太郎か…まだ、寝せろよ…」とか寝ぼけて言いやがった。気持ち悪ぃ。俺の登場にさぞびびったらしいがな。忍足の野郎は結構みみっちい趣味だから庶民の宍戸にこうして料理を教わりに来てやってんのにグズグズしてんじゃねえよ。俺には時間がねえんだよ。
「あー…、で、何作るんだよ」
「まだ決まってねえ」
テストっつう時に何で自由な料理なんだよとか宍戸が抜かしやがったがそんなもん俺が聞きたい。しかもあまり手間がかからない料理と指定が来た。それさえなければうちのシェフに教わったっつうのに。宍戸が面倒臭そうに頭を掻く。何だその態度は。
「とりあえず包丁の持ち方から教えろ」
「はあ!?」
何驚いてんだ。俺が包丁を持ったことがあるとでも思うのか。自慢じゃないが一回も無い。うちの親父だって同じようなもんだと思う。そうは言っても持とうと思ったことが無いわけじゃねえぞ。前に忍足ん家に泊まった時に仕方ねえから夕食を作ろうと思ったが持つ前に忍足に「危ないから俺がやるで。景ちゃんは座っとってええよ」とか言われて取り上げられた。俺だってやったことはねえが出来ないわけじゃねえ、きっと。うん、きっと。しかし今思い出してもあん時の忍足の手さばきは俺から見ても凄かった。うちのシェフみたいに華麗ってわけじゃねえし、よくいる母親とかみたいに家庭味溢れる感じでもなかったがこう温かい感じがして、優しかった。って何恥ずかしいこと思い出してんだ俺!
「包丁はだなーこう普通に持つ。んで食材を持つ方は猫みたいに丸くして、」
「こうか?」
「あー、そうそう。中々手さばきはいいんじゃねえの」
「そうか」
俺はすっかりキャベツを切ることに夢中になっていた。宍戸が飽きた顔をする位にキャベツを切り続けた。いつのまにかまな板はキャベツで埋め尽くされていた。結構面白いもんじゃねえか料理も、と言ったら「切るだけでどうするんだよ」と宍戸に言われたのは断じて聞こえていない。知らないそんな事。つまらなそうにしている宍戸にお前はどんな料理が作れるんだ、と聞くと「簡単な物だな、親がいない時に俺と兄貴の分だけ軽く作ったり時々する位だからな。例えばー、カレーとかチャーハンとかか」と答えた。
「今5分以内で何か作れ」
「は…?」
「今日は切る事を覚えたからな。テメェの料理を食べて帰る」
「5分以内…?」
「俺はテメェの部屋で待ってるからな」
「おい、ちょっ、待て跡部オイイイイィィイ!」
5分後、宍戸が部屋に入ってきた。ぴったりじゃねーかさすが血の滲むような特訓をして俊足を手に入れただけはあるぜ!手に持っているのは、何だ…?変な発泡スチロールの筒みたいなものに何かが入ってる。湯気が立っていた。宍戸が俺の分と自分の分を持って机にそれを置いた。割り箸を渡してきたので仕方なくそれを使う。俺は割り箸なんぞ使いたくないが。
「宍戸、この料理は何だ」
「カップ麺だろ、見て分かんねえのか」
「知らねえな。どうやって作るんだ?」
「それも知らねえのか」
「俺様は庶民の料理なんて知らねえからな。で?どうやって作るんだ」
「それはな、特製スープにだしを入れて5年間熟成させ、それから食べる前に3日間煮込むんだ。それで食べる直前3分間もう一度煮込み、そこに2分以内に麺を入れるという伝統的な作り方があるんだ」
「そ、そんなに庶民料理でも伝統があるものがあったのか…!」
「そうだ、だから心して喰え」
「そうか。参考にさせてもらうぜ」
(だって本当の事言ったらまた作り方教えてみせろって言うだろうが)