「具合はどうですか?」
「うん、大分良いよ」
千石清純は簡素な病室で薄手の生地で出来たパジャマを着てベッドの中にいた。上半身を起こし、一人だけの見舞いに笑顔を向けている。いつもは面会謝絶の掛札も、この見舞い客、梶本貴久に対してだけは医師の許可も降り、外すことが出来る。梶本は、持ってきた花束を病室の窓際にある花瓶に入れ替えた。花は落ち着いた春を表すような色でまとめられて気持ちを落ち着かせる効果があるようであった。梶本がてきぱきと花の入れ替えをしている間、千石は何も言うことなくそれを見ていた。梶本が花瓶の中の水を切りに振り返ると、千石と目が合った。千石は入院患者とは思えないような朗らかな笑顔を向けたので、梶本もそれに笑みで返した。
梶本はベッドの所に戻ってくると千石に問いかけた。
「林檎、剥きますか?」
「うん」
「ちょっと待っていてください」
梶本は持っていた果物ナイフを取り出し器用林檎の皮を剥いていく。本来ならば、この場に果物ナイフを始め刃物類の持ち込みは例外無しに一切禁止されている。無論、ハサミであってもだ。梶本は前にもこのように林檎を剥いたことがあった。許可など今も以前も下りてなどいないし、取ろうともしていない。その時千石が「ここにそんなの持ってきていいの」と問えば「ばれなければいいんですよ」と梶本は答えた。その答えに千石は「それがあの優等生の言う事なんだ」と笑った。
「剥けました」
「食べさせて」
「?」
「口移し。梶本クンに口移ししてほしい」
「仕方がないですね」
梶本は食べやすく切った林檎を自らの口に含むと咀嚼し、千石の肩を掴みベッドに横たわらせると唇と唇を押し付け、その隙間から舌で林檎を流した。林檎を受け渡すと同時に舌を絡めあう。梶本は果物ナイフをベッドの横にある机にカタリ、と置いた。時も忘れるほどに唇を重ねあう。ゆっくり唇を離した、そのときだった。梶本の胸に突きつけられた果物ナイフの切っ先。その柄を握るのは千石に他ならなくて。自らを今にも貫こうとしているナイフを目にしても、梶本は取り乱しはしない。
「俺と、死んでよ」
梶本は千石の力の入らない手を握り、ナイフの向く先に促す。
「そんな手では、僕が一緒に支えてあげないと刺すことも出来ないでしょう。本当に、仕方のない人だ」
(鼓動を突き刺して)