日の当たることの無い安っぽいコンクリートの床がひんやりと冷たかった。表面がザラザラとしていて、強く肌を擦れば痛みを伴った。
部屋の中はまるで刑務所と廃れた病院の中間のような様であった。簡素なベッドの上に置いてあるだけの毛布はただの布きれに過ぎない。骨組みはところどころが錆び付いていて、軋み今にも崩れそうだった。部屋にあるのはそのベッドと、囚人用のものと同じ形の簡易トイレだけだった。
ドアノブには何重にも南京錠がかけられている。その南京錠がガチャガチャと音を立て、外側から開けられようとしていた。

「食事ですよ」

場に似合わず、至って丁寧な敬語で話すのは梶本だ。
その視線の先には、冷たいコンクリートに直に横たわる千石だった。千石の足首からは重みのある鎖が、壁に繋がっていてそれは部屋からを封じている事を表していた。
千石は地肌に太もも程までの長さのある薄い、ところどころ破けたりほつれたりしているパーカーを羽織っているだけだった。

「いらない。腹、減ってないし」

千石は梶本の目も見ずに言った。
梶本はそれを聞くと食事の乗ったトレーを部屋の外に置き、部屋の中に入ってまた南京錠をかけた。コツコツと梶本はその冷たいコンクリートに革靴を鳴らしながら千石に近づいた。体を持ち上げゆっくりと座る体勢になった千石と視線を合わせるように身をかがめるとクイと千石の顎を持ち上げた。
そしてその首に手をかける。
力を込めれば当然喉はつまり、声が漏れる。

「くっ…は」
「感じていますね」

梶本が千石の首を解放すると千石は激しく咳き込んだ。
それを見下ろす梶本の目には、同情のような感情は一切含まれていなかった。苦しむ千石の姿を蔑むか、または楽しんでいるかのような目だ。残酷なその顔には、面のように表情を持ってはいないがどこが冷酷に笑みを含んでいるようだった。
千石は息が詰まり、紅くなった頬にしながら反抗的な目で梶本を見上げた。梶本は千石と目を合わせると、千石の髪をぐいと掴む。千石の顔は痛みに歪んだ。

「痛いのが、好きなんですか?」
「そんなわけ、ない…!」
「僕としては痛みを伴う行為の方が盛り上がると思いますが」

梶本が千石のパーカーの中を弄る。冷たいその手は、妙な熱を持ってわざと遠回りをしながら何かを探っているようであった。
梶本は千石に笑いかけ、そして胸に爪を立てる。千石がビクッと体を震わせ、「ひっ」と声を上げた。だからといって、強すぎる刺激を与えるわけではない。触れるように、しかしながら痛みを伴うような刺激を与え続けると、次第に千石から息が漏れる。
吐息が辺りの空気を温かめ、千石の頬の紅潮をさらに促していった。
「っ…ん」
「やはり、痛いのが好きなんじゃないですか」

千石がもう一度梶本を睨む。
それを戒めるかのように梶本が千石の乳首に爪を食い込ませる。千石の体は大きく揺れた。

「ひあっ、ぅあっ…!」
「そんな高い声まで出るんですか。まるで女性のようだ」
「う、うるさい…!」
「でも、君が痛みに性的快感を覚えるとこは事実だと、君自身が証明していますが?」
「!み、見ないで…」

パーカーしか着ていない千石は文字通り下着も着用などしてはおらず、快感を感じれば即分かってしまう、自らも、相手も。
勿論、それが目的でそういった格好にさせたのも梶本である。梶本は千石を満足そうに見下げた。
足を開かせ、存在を主張するそれに梶本は白いリボンを結びつけた。

「悪趣味、だって、の…!」
「僕だってこういった装飾をして喜ぶような性癖は持っていませんよ。ただ、君が屈辱に耐えながらも快感に襲われる姿はえらくいやらしいとは思いませんか?」
「死ね…っ!」
「全く、ひどい言われようだ」

梶本はそのまま踵を返すと部屋から出て行くような素振りを見せた。千石は意外に思い、思わず間抜けな声を上げてしまった。
梶本はそれを待っていたと言わんばかりに千石の方を振り返る。
千石は長い沈黙の中、止まることなく押し寄せる快感の波に耐えていた。体が小刻みに震え、何にも触れられていないのにも関わらず息が漏れる。
足を摺り寄せ、意識上では快感を耐えるつもりのようであったが、実質は快感を促進させることに他ならなかった。

「どうか、しましたか?」
「…っ」
「何を求めてるんです?」
「んなの、言わせる、なっ…!」
「ということは、僕は期待してもいいんですか?」

梶本はもう一度千石の元に歩み寄った。
梶本が千石の首筋に手を沿わせれば、千石が少し怯えるように瞳を揺らした。そっと顔を近づけ首筋に歯を立てる。その光景は、ある種の宗教染みた中世の吸血鬼の絵のようであった。千石の体は痛みを感じると共に反応を示していく。
千石の鼓動がドクンドクンを激しく唸るのを千石自身が感じた。
梶本は歯を離し、ねっとりと舌を這わせる。ぴちゃぴちゃと響く音が、粘膜性の性質を感じさせる。
耳元で静かに囁いた。

「やっぱり、痛いことが好きなんですね…」
「も…っ、むり、…」
「どうして欲しいんですか」
「も、う…どうにでも、してよ…してくれてっ…構わないから…」
「なら僕の上に来ていただけますか?反抗的な目もいいですが恍惚に緩みきった君が見たいです」

千石の足の下に割り込むように梶本が入り込む。千石が梶本の太ももに跨るような体勢になる。

「いいですよ、君に能動的な権利を与えよう。勝手に自分で入れて下さい」
「っ…!そんなのっ…出来ない…」
「だったらもう良いでしょう、僕はこの部屋から出ます」
「や、やるから…!出てかない、で」
「仕方の無い人だ」
「ぅ、あ…」

千石が力の入らない手でたどたどしく梶本と繋がろうとする。千石が自らの上で乱れる姿を梶本はさぞ楽しそうに見ていた。
中々進みの遅い痺れを切らせたふりをして、梶本は「早くしてくださいよ」と千石のリボンを強く締め付け、確実な痛みを与える。
千石が一層甲高い声を上げた。
梶本は千石の首を包み込むように触れた。

「やっぱり、君は真性のマゾヒストのようですね」
「梶本、クンはっ、絶対…サドだっ…!」

この暗い部屋の中、時間の流れがいつまでも過ぎていく。






(いつまでも酔いしれて)


愉快且恐怖的快感遊戯