「なあ、跡部と寝たん?」
いきなり何を言うのだろう、昼時に。せっかくの昼休みもぶち壊しな忍足の言葉は肌寒い白い空に消えていった。屋上で昼食を一緒に取っていたと忍足。フェンスも内側から足を外に投げ出し座っていたはうーん、と言葉を濁らせる。そしては手に持っていた購買で買ったコッペパンを一口かじった。別に美味しいとかそういう感情は起きず、冷たくてパサパサした安っぽい味が口に広がった。その肩を忍足が掴んだ。少し力を強く入れてグラウンドを見下ろしていたをその左隣に座っている忍足自身の方に向かせた。眼鏡のレンズ越しに見える眼は真剣そのものだった。
「真面目に聞いてんねや。どうなん?」
「忍足はどう思う訳?彼女と仲間が寝たっていう噂をどう思うの?」
忍足自身そんなもの信じたくない。跡部は大切なテニス仲間だ。は大事な彼女だ。よもや跡部が無理矢理…なんて考えがよぎったものだったが跡部に限ってそんなことは、とその思想も無理矢理頭から追い出したばかりだ。跡部はただのナルシストに見えて意外と義理堅いことは忍足自身が良く知っている。
「本当だよ」
「は?」
我ながら間抜けな声だったと忍足は思う。頭に思い描いていたの返答は否定の言葉ばかりだった。そんな根も葉もない噂…とそう否定して欲しかった。一番否定するであろうと思われていた人物、その張本人こそが吐いた言葉が、肯定。こんな滑稽があるだろうか。忍足は思わず自嘲的な笑みを漏らすところだった。しかしその自嘲的な笑みを浮かべたのはだった。
「彼氏以外に抱かれる、って悪いことなの?」
パチン、と乾いた音がその場に響いた。一瞬の出来事だったのだ。
忍足の右手が、の右頬を、はたいた。
頬を軽く抑えて何も言わない。忍足は立ち上がり冷たい目でを見下ろした。
「最後の弁解や、何でも言ってみたらええ。俺が許すとは思われんけどな」
「…お金、もらえれば、それで良かった」
忍足の中で何かが切れた。座り込むの胸ぐらを掴み、引き上げる。
「俺とのことも、遊びだったんか」
「侑士からは、別にお金もらう気無いもの」
「つまり、お前は影で売春してたんか」
「お金欲しかったから」
反省する様子のないにとうとう忍足も呆れたのかその場でいきなりを離した。ドシャッと音を立ててその場に力もなく崩れ落ちる。顔を上げない。忍足は振り返りもせずに踵を返す。そのまま屋上から階段に通ずる錆びた重い扉へと向かおうとする。屋上に冷たい風が吹き抜けてヒュゥゥ、と音を立てた。二人の制服がなびく。音もないはずなのに忍足の耳に雫が落ちた音が聞こえた気がした。忍足は目だけで振り返る。俯くの顔の下にある床に小さなシミがあるのが見えた。泣いているのか、と思ったがそんな事は知るか、といった態度で忍足はもう一度とは反対の方向に向き直った。
「何にも知らないくせに」
小さく、それでもしっかりと聞こえたのはのつぶやきで。忍足はもう一度立ち止まる。
今度ははっきりと聞こえる。
「私の事なんか何にも知らないくせに!!」
「何やと?」
「わたしがすきでだかれたとおもってんの!?そりゃああとべはにんきがあるしかおもいいからわたしがすきでだかれたみたいにきこえるけど!!あとべにだってだかれたいわけじゃなかった!!ほかにもちゅうねんのおやじとか!へんたいっぽいやつとか!ろりこんだってえすえむだってみんなしてきた!!なんにんにしかたなくだかれたとおもってるの!?ふざけないでよ!!いいおやがいて、いいかんきょうがあるやつにはわかんないんだよ!!侑士になんてわかるわけないでしょ!?わたしのきもちなんか!!いえにいったってどこにもいばしょなんてないんだ!!からだうったあとのおかねだけまきとられて!!」
『あんたは黙って金持ってくればいいのよ』
『ホント金持ってくるのだけは上手いんだな』
『この子何処の学校に…』
『他の家に顔向け出来る学校にしないとな』
『氷帝がいいんじゃないかしら?』
『そうだな、おい明日からは二倍の金持ってこい』
「わたしがっ…ほんとうにだかれたいのは侑士だけなのにっ…」
涙が混じり、どこで区切られているのかよく分からなくなっている。それでも忍足にはの瀧のように口から流れ出た感情が痛いほど突き刺さるのが感じられた。が感情を全て吐き出した後、崩れるように声を上げて泣き出した。忍足の足は自然との方へ引きつけられる。手は自然との体へと引きつけられる。いつの間にか忍足の両腕はの体をそっと包み込んでいた。は忍足の胸に顔を埋めて泣き出す。忍足がその華奢な体を強く抱きしめて首筋に一度、唇を寄せた。
「もう、ええよ。頑張らなくても、俺がおるから」
鳥のようにはばたけるなら
君の元に飛んでいくでしょう
そして傷を負ったその背に
僕の羽を差し出すでしょう
君がもうこれ以上
二度とこわいものを
見なくてすむのなら
僕は何にでもなろう
Moments
中学生のすることじゃありません