「どうして貴方はその様に優しくなさるのですか」
別に誓っても冷たくされたいわけではない。所詮は人なのだから心は他者からの優しさ、温もりを求めているに違いない。強がって、他人との関わりをたったところで結局人は誰かとの触れ合いを求めているのだ。そしてそれが叶わないと人はどうしようもない虚無感に襲われる。体が凍えるように震え、餌を求めながら徘徊する飢えた獣のようになってしまう。
ただ、怖いのだ。例え優しさを与えられたとて、それが偽善の上での優しさだとすればいつかは失われる。最初から与えられない事よりも、生半可に温もりに触れて知ってしまった後に失うほうがより絶望が心を蝕むのだ。一度優しさを知った心は、優しさを求めずにはいられなくなる、弱くなる。
「中途半端な優しさならいりません、どうせ無くなるなら」
「随分寂しい事言うんやな」
この娘が何を思い、何を求めているかは大方想像が付く。
このままの関係を続けていれば必ずいつか自身に別れを告げられる、いや別れを請われるのは目に見えている。そしてそれを一番恐れているのは忍足なのだ。今までこの曖昧な関係に心地よさを感じていた忍足もこれが続くとは思っていない。それでも、
「貴方は街でも名高いお医者様でありお客様、私は汚らしい遊女。それだけです」
「それでも、好きやで」
「いつかは、その感情も薄れます。どうせ私の事はどうでも良くなる」
「そんな事あらへんよ」
「上辺だけの言葉ならいりません。最初だけの優しさなら要りません」
何を求めているか、ではなかったのだ。何を怖れているか、だったのである。それは、本人に決して問うてはならない問題であり、問わずしても答えは瞭然あった。ただ、優しくされなくなる事が怖ろしいのだ。一人遊郭という檻に残される事が。
にとって接触と承認の先に存在するのは希望などという泡沫の夢などではなく明日への不安と恐怖なのだ。そしてそれは、がこの箱に囚われ続ける限り終わる事のない輪廻。忍足はを、同情するような、だが心から心配するような目で見た。そして大雑把に煌びやかな着物を羽織ったを包むように抱きしめた。その体躯は震え、まるで体全体が感電をしたかのように触れる事を怖れていた。
「怖いんやな、人と関わるのが。人を愛するんが。可哀想にな。は何にも悪くあらへんのに」
「は、離して下さい…私に優しい言葉を掛けないで下さい…甘えてしまいます…やめて…」
「ごめんな。俺がずっと意気地なしやったから気付いてやれへんかった。ごめんな」
「どうして謝るんですか…お客様にそんな事…」
「お客様とか関係あらへん。今助けたるからな…安心してええんやで」
「忍足様…ありがとうございます…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「ごめんな…」
彼らが何に対して謝罪をしたのかは、誰にも分からない。今までの過ちか、これからの過ちか。
それとも、自身の背徳的存在へか。
(愛してごめんなさい。愛されてごめんなさい)