「肝試し…?」
「そーそー!いいじゃんやろうぜ!」
「ありがちすぎるでしょベタすぎ。岳人つまんない」
「んだよそれ俺がつまんないやつみたいだろ!」
「つまんないもん」
「クソクソ!跡部に言っちゃうからな!」
「ガキ…」
「あー!今何か言ったろ!」
「言ってないし」
「いーや言った!絶対俺の悪口言った!」
「あーはいはい、お二人さんちょおやめぇや」
「ゆっ、侑士の馬鹿!アホ!ハゲ!あっ、ハゲっていうか鬱陶しい髪の毛!」
「何やそれ!」
* * *
最悪だ。何が?気分がに決まっている。どうしてこう夏ってもんは人をハイにさせるんだろう。私は全然ハイになんてならないのに。迷惑極まりない。そんなに岳人は夏が好きなんだろうか。好きそうだ。聞かなくても何か分かる気がする。いつもハイでお祭り騒ぎが好きな岳人がハイにならないわけがない。あああ憂鬱だ。氷帝のテニス部レギュラーきっての馬鹿2人(おかっぱと羊だ)がハイになる時は大体私は憂鬱になっている気がする。
えーと、あれれ?肝試し?肝試しって何だっけ?あ、いやいや肝試しは分かっているけどね、理解したくない位に行きたくないっていうか参加したくないっていうか遠慮したいっていうかつまり行きたくないわけなんだけれども。別に幽霊、俗にお化けってやつが怖いわけじゃない。そんなに女々しくないから!前に侑士んちで皆で見たホラー映画もオカルト映画もスプラッタ映画も平気だったしね。だからきっとそういうのには大して感情はないけど嫌なのはそこじゃない。えーと、何て言ったら良いんだろう。肝試しって、ほら、夜にやるものだし、えーとえーと暗い所だし?それが嫌っていうかうんまぁ嫌なんだけれども。暗い所は怖いよね!って感じなわけで。
昔のこと。本当に下らない事なんだけれども、1つだけトラウマってやつがある。私が小さい時、多分幼稚園か小学生の低学年位の頃だったと思う。それでもしっかり覚えてるって事は相当怖かったんだろうか。まあ、その後親に聞いたら寧ろ何が何だか分からないで話せもしなかったって言ってたし。とにかくそれ位の時、私は近所の友達、っていっても歳の層はすごく広かったけれど、友達と遊んでいた。まぁ、かくれんぼをすることになって私は隠れる場所を探した。小さな地区の中の所詮子供が行ける所だったからそんなに広くないけれど町の中を遊びまわっていた。その時の私はもう使われていない元工場みたいな所を見つけてそこに隠れる事にした。元々扉は開いていたから、閉めるのは簡単だった。けれど、中々鬼が見つけに来てくれなくてだから私は外に出ようとした。でも扉が重くて当時の私の力じゃ開かなかった。私はその中に蹲っていたけれど、もう夜なのか、外も暗くなっているのかそんな事も分からなかった。怖くて、何も見えないから関係ないのに暗いっていう事実を認めたくなくて目を瞑っていた。その時、誰かが開けてくれた。光に目が慣れなかったしその後は良く分からないままに親が迎えに来てしまったからそれが誰だったのかは分からなかったけど、すごく優しい手で私の手を握ってくれた記憶だけは残っている。
そんな感動秘話みたいなのの前に、私には暗闇に対する恐怖ばかりが残ってしまった。ああ憂鬱だ。幽霊だけなら「死ね!」とか言っときゃ何とかなりそうなのに。あ、幽霊はもう死んでるんだっけ。
「はいはーい、クソクソがありがちーとか言いやがったので、いっそありがちに走ろうと思うので、こっから割り箸引いて二人一組だかんなー」
岳人め根に持ってるよ確実に。大体夜の学校でそんなにハイな奴がいたら幽霊の方も引くって。まあ仕方ないので引いてやる。岳人の馬鹿もしお前と組むようなことがあったらトイレに頭突っ込んでやるかんな!あ、おまけに女子トイレにしとこうか。
「んだよ岳人。これじゃ1人以外は皆男と組むしかねーんじゃねーかオイ。盛り上がんねーよ」
「えー何何穴戸ー女の子とがいいの?とがいいの?ムッツリだC〜」
「うっせえよジロー“穴戸”じゃねえよ“宍戸”だっつーの!別に女とがいいわけじゃねーよ!」
「宍戸さん!俺とじゃ駄目っすか!」
「長太郎お前の悲鳴とか聞きたくないから」
「違うっスよ宍戸さん!宍戸さんが可憐な悲鳴をあげて俺の腕に抱きつくんじゃないっスか!」
「気持ち悪ーよ」
そんな宍戸と長太郎の夫婦漫才はほっといてさっさと私は岳人の手から割り箸を取る。先っちょにいかにもペンで書きました的にちょこんと色の印があった。えーと、夜だからそんなに良くは見えないけれどこれは、黄色かな。黄色は誰だろう。きょろきょろしてみると、割り箸片手に立っている樺地がいたので声を掛ける。樺地は割り箸を親切に私の目の前まで持ってきて見せてくれた。樺地は赤だね、ありがとう。お礼を言うとギャーギャー騒いでる所に目を向ける。あ、結局宍戸と長太郎が一緒なんだ。頑張れ宍戸。で、岳人は青で跡部と一緒か。跡部は結構ビビリさんだから気を付けた方が良いよ岳人。跡部はなー、突然の衝撃って奴に弱いからね。で、ジローが赤。樺地と一緒だね。私が確認をすると誰かが私の肩をポン、と叩いた。侑士、か。
「は黄色なんやろ?俺と一緒やで」
「侑士…黄色?黄色…にっ、」
「に?」
「似合わな…」
「余計なお世話やで」
そんな事は置いといて私達は最後だった。散々男同士で行くペアをからかって笑った私達の出発。笑いながら出発したはいいけど、やっぱり暗い。憂鬱度が上がっていく気がする。いや、確実に上がってる。侑士がペラペラと話しかけてくるけれどあんまりちゃんとした答えを返せない。さすがに侑士が私がおかしい事に気付いたみたいだった。私の顔を覗き込んで「どないしたん?」とか「気分でも悪いん?」とか聞いてくる。ああ悪いよ。でも気分が悪いっていうより帰りたいだからね。ちょ、本気で帰らせてくれないかな。
「もう、帰りたい…」
「…ごめん、ちょっと意地悪してもてん。ホンマは怖いんやろ?暗いの」
「え…何で、知って」
「だって、工場の跡地に入ってしもて閉じ篭ってそれから怖くなってんやろ」
「……だから、それをどうして」
「だって俺そん時と手ぇ繋いだもん」
「え……」
え、あの時の手を引っ張ってくれた人が侑士だった…?そりゃあ私は小さい頃だけ父親の仕事の関係で大阪にいて、丁度侑士は同じ小学校だったらしいけど、会った覚えがないし(ちゃんと顔を合わせたのは中学に来てからだし)、一緒に遊んでた子の中に侑士なんていなかったと思う。
「俺は、“ゆうくん”やて」
「あの、ゆうくん?」
「そ、あの“ゆうくん”や」
“ゆうくん”というのはまぁ、あの頃は皆あだ名で呼び合ってたからその1つ。“ゆうくん”の顔が頭に浮かんでこないのは、きっと昔の事だったからとしても“ゆうくん”は年上に見えたんだけどなぁ。と言ったら侑士が「それはが子供っぽかったんや」と言った。うっさいボケ。侑士はあの時みたいに私の手を握る。あったかくて、すごく安心した。認めたくはないけれど。多分、今なら目を瞑っていても侑士が前みたいに引っ張ってくれるんだ。
「本当は、ずっと言おうと思ててん。せやけど、そういう時に言うた方がええ雰囲気になるやろ?」
「…別に言ってくれても良かったのに」
「せやかて俺はロマンチストやし」
「寒いから」
やっぱり怖かったけれど、すごく安心した。今度は、目を開いていられた。
(君の手を離さない)