佐伯虎次郎編





僕の事 許してくれますか? 前編






千葉の海岸に面したある地域では少年・少女に対する性的な暴行事件が流行していた。今のご時世、無差別な暴行事件の流行はいたって珍しいことではない。
ただ、この事件において警察やその捜査本部がいささか疑問点としてあげた点がある。
それは、まず被害者の年齢層が少年・少女とは言っても、幼稚園児であったり小学生低学年であったり幼児と形容しても差し支えのないような年齢に限られており、更に単独犯だと思えるにも関わらず被害者は男女を問わない。また、最大の疑問点としては現場に残された跡や、被害者の体の跡がレイプや暴行というよりは恋人間のような性行為が目的だったのではないかと推測された。
因みに現在、この事件による死者数はゼロである。
犯行の手口は、子供達が学校や公園から帰る途中、一人になった時を見計らい近くの人気のない草むらや廃墟に連れ込むというものだ。
被害者の証言によると、若めの男性、深くまで帽子を被っていたりして顔は分からないし、連れ込まれた後は目隠しをされてしまうので全く状況が分からないという。
なおさら子供の証言である。文脈もはっきりせず、正直言えばあまり手がかりとはならない。
被害者がまだ性についてよく理解していない子供だったことが不幸中の幸いと言える。
子供にとっては、怖い思いをした・痛い思いをした、という感覚で済まされ、陵辱を受けたという精神的問題になることが少ないのだ。
どちらにせよ、道徳的に見て許される行為ではないのだが。



* * * 



「登下校の付き添い?」
六角中テニス部現役顧問、通称オジイがその言葉にゆっくりと頷いた。
集められたのは昨年度のテニス部レギュラーである。つまり高校一年生となった佐伯達ももちろんいる。
「どうして俺達が?」
「あー…暇、そうだったから」
「オジイらしいや」
そう言って皆が笑い合った。
オジイが依頼したこと。それは小学生低学年の登下校の付き添いであった。
増え続け、一向に減少する気配の見せない暴行事件に、この地区で唯一の小学校が直々に子供達からも信頼の厚いオジイの元に頼み込んできたのだった。
幼稚園の方では、園児達の親が送り迎えをするかどんなに家の近い園児であってもバス通園をするかのどちらかを選ぶように既に決まっていた。
「ここでいいとこ見せればボクは女の子にモテモテ…オッケーやるよオジイ!バネさん達も良いよね!?」
剣太郎が裏のない笑みを見せた。黒羽はまるで父親か兄のように「仕方ないな…こうなった剣太郎には何を言っても無駄だしな」と呆れたような微笑ましいようなため息をついた。
「な、サエ?」と黒羽は佐伯に言った。
「…」
「サエ?どうした?」
「あ、いや。何でもないさ。本当、剣太郎は行動力は人一倍だよな」



* * * 



登下校に付き添い始めてから、事件はほぼ無くなったに等しいほど減少した。
これまで二,三日に一人の割合で襲われていた事件だったが、それからは一ヶ月に一人いるかいないかほどにまで減った。
その結果、付き添いに参加した者達はその功績を称えられると共に人々からの厚い信頼を得た。
だが事件もほとんど無くなった現状といえど、念のためにと付き添いはしばらく続くこととなった。
その時であった。
「え、サエさん今日は来れないの?」
「ああ、先生に呼ばれているらしくてな。まあ高校も色々あるしな」
「そっか、なら仕方ないね」
佐伯は一人この日参加をしなかった。
中でも地域の信頼の厚い佐伯である。誰一人として、その事に疑問を抱くことは無かった。

そんな中、その日久方ぶりの被害者が出たと言う。
どんなに万全の警備をしていたとしても穴は必ず出てしまう。その穴を突いた巧みな犯行であった。犯人はよほど人々の行動パターンが読めたりと状況把握能力を兼ね備えているようだ。
その報告がオジイからされた。
「そんな…俺が居ない間に、すまなかった」
「サエさんは悪くないよ。ボク達が無事に送り届けたその後だったんだし、こう言ったら嫌な言い方だけど仕方なかったんだ」
「そう言ってくれると、大分気が楽になるな」



* * * 



それからというもの、親や地域の目をすり抜けては巧みな手口で定期的に犯行が行われていた。
一週間に一度、まるで一週間に一度と決めているかのように犯行が行われたのである。捜査本部には諦めの色が見え隠れし、時が解決してくれる、というような雰囲気までもが漂い始めていた。
そんなある日、休日のことだ。
佐伯は自宅の部屋にいた。おもむろに携帯を手にとっては、何をすることでもなく弄んでいるだけであったが、ふとアドレス帳から一つの携帯の電話番号を表示させた。
少し迷いながらも、発信ボタンを押した。
佐伯が携帯を耳に当てると、感情のない発信音が耳に響いた。何コールかして、相手が電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、不二?今、時間あるかい?」