「ねぇ、俺ってさ、幼児性愛者なんだよね」
「…そう。ってことは千葉のあの事件は佐伯、君なんだね?」
「そう。軽蔑した?」
「いや。寧ろ聞いたのが僕でよかったんじゃない?」
「その言い方だと俺と不二の秘密にしてくれるみたいな言いぶりだな」
「君が話されたくないなら、場合によってはね。君自身がボロを出さない自身があるなら」
「ぬかりはないさ。たとえ少し顔を見られたからといって相手は幼児だし、俺のモノ、まあ精子はどこにも残してない。第一、親御さんからも信頼のある優しい皆のお兄さんが犯人なわけないじゃないか」
「君らしいね」
「呆れてるかい?」
「褒めてるんだよ」
「それは光栄だな」
休日の昼下がりの喫茶店。店内には、親子連れやカップルも幾多となくちらほら見受けられ、ファミリーレストランの役割も果たしているようだ。
ガラス張りに隣接した席で、佐伯と不二はそれぞれ注文した軽い飲み物を飲みながら話していた。
一般的にどう見てもルックスの優れた二人を、通る女性達は遠巻きに見ている。
おそらくその目には若い男友達がにこやかに談笑しているようにしか見えないであろう。それもそのはずである。
佐伯と不二の二人は、話の内容にも関わらず余裕を見せた表情であり、その顔にはささやかな笑みさえ浮かんでいる。この表情を一般的には“微笑み”というのだから。
空には晴天が広がり、春から夏の頭になり始めた季節は少し汗ばむほど暖かな陽気だった。
雲ひとつ無い、澄んだ空を見上げ、佐伯は目を細めた。そして少し、微笑とは違い自嘲気味に笑うとテーブルの上の目の前のカップに目線を移した。
その笑みは佐伯の表情を隅々まで感じとる事の出来るものでないと自嘲であるとは気付かないほどの微笑であった。
不二はその笑みを鋭く見通たが、それでも特に何も言わずに自分も不二自身の注文した紅茶を一口飲んだ。
「不二って、レモンティーなんて飲んだっけ」
「つい最近、嵌り始めたんだよ」
「へえ。まぁ、不二は紅茶好きそうだもんな」
「佐伯こそ、コーヒー、ブラックなんて飲んでたの?」
「最近嵌ったんだよ」
「真似したね」
「悪い悪い」
「僕はコーヒーは砂糖を入れる方が好きなんだ」
「だってブラックって、今の俺にはお似合いだろ?」
「似合いすぎて何も言えないよ」
「笑ってくれよ」
佐伯がブラックコーヒーを一口、口に運んだ。
苦いはずのブラックコーヒーが、何故か佐伯にはとろけるほど甘く感じ、まるで自分の体さえも溶けていくような感覚に捕らわれた。
とろけて、とろけて、遂には目にも見えないほどの小ささになり、たった一人でいるような感覚が佐伯を襲う。
それでもその感覚の中の佐伯の周りでは、佐伯よりも小さく弱いものが無数に存在して、それがまるで全て佐伯の世界を占めているようだった。
佐伯はもう一口、口にブラックコーヒーを含む。
すると温かかったはずのブラックコーヒーは一挙に冷たく感じた。甘く感じていた舌触りは、本来のブラックコーヒーが持つよりも苦く感じた。
佐伯の思考が現実という世界に引き戻される。
佐伯が一度、ゆっくりと黙想をするように瞼を閉じ、その後すぐに目を開けた。
その眼窩に見られた瞳は、冷たく、黒い目をしていた。
「不二、俺はそろそろ帰るよ」
「そう?」
「わざわざ呼び出してすまないな。金はここに置いてくから払っといてくれるかい?」
「僕の分はいいよ」
「今度、不二が俺の事を誘ったときは不二のおごりって事でいいだろ?」
「今からは…用事、といったところかな?」
「そう、ちょっとした用事だよ」
* * *
町外れにある、よく小学生の隠れ家などになりそうな廃墟の中。
日の当たらない廃墟は、蒸し暑いと言うより寧ろ涼しいほどだった。
そこには密かに、男と少年がいた。
「お兄さん、誰?」
少年は幼稚園生ほどと見える。それほどでは、自分の目の前にいる男の正体にもよもや気付くはずもあるまい。
それどころか、性行為の意味も知らない少年が、自分の置かれた状況を理解できるはずがない。
少年は、光を失わない大きな瞳で暗闇の中微かに見える男の姿をジッと見ていた。その目には疑いや恐怖の感情などない。
「俺が誰か、知りたい?」
「うん」
「じゃあ、少し難しい話をしようか。この世界は誰が創ったと思う?」
「かみさま…?」
「そう、神様。神様と呼ばれる生命体、もしくは物体がこの世界と定義される空間とその中の物質から構成される物を作り出したんだ。もちろんその中に俺達人間も入っている。これがどういう事か分かるかい?」
「よく、分からないよ…」
「簡単な事だよ。神様が人間を創ったって事。創られた人間は本能的に自分達を創った存在を“神様”と呼称し、自分達を生んでくれてありがとう、と言って崇める。だから“神様”という偉そうな名前で呼ばれてる。だから、世界を創る前の神様は偉くなんてなかったし、神様は世界を作る能力があったから創っただけでどうしても創りたかったから創ったわけではないんだ。人間は本当は偉くもない神様を勝手に“神様”と崇めている。分かりやすく言えば芸能人やアイドルをまるで祀るようなファンと同じさ。偉くもない神様は別に世界の親でもない。だから神様が気まぐれに創った世界に神様が愛情を感じているとは限らない。寧ろ神様ってのは世界に愛情なんて感じていないと思うよ。だから生物には個体差が生じる。個体差は能力とか、生まれ持った運とかそういう事もあるけれど、性格もそう。つまり世の中ってのは理不尽に出来ているものなんだ。だからほら、人間同士の落差ってどんな分野にしても激しいだろ?神様が色々な能力やその他諸々ランダムかもしくは気分で決めたような人間のパーツが、総合して一個体となる。だから俺みたいな人間がいる。君がいる」
「………?」
「ごめんごめん、難しかったね。つまりはね、俺がここで何をしても、それは神様の決めた俺の性格だから、俺は悪くないって事さ」
「お兄さんは、悪くない…?」
「そう、君ももちろん悪くない。だからね、ここで何が起きても、誰も悪くないんだよ」
佐伯は少年の履いている半ズボンに手を伸ばす。
何も分からない少年は、特にそれを拒んだりはしなかったが、佐伯がズボンを下ろそうとすると少し体を強張らせた。
「大丈夫だよ、神様が俺にこうしなさいって言ってるだけだから」
「かみ、さま…?」
「そう。神様」
それだけ言うと佐伯は何も言わせずに少年のズボンを下ろす。
冷えた廃墟の中、少し寒いのか少年は体を震えさせた。その細い体を佐伯の腕が包む。
佐伯は少年の体を後ろに向かせると、手首を紐で結び、黒い布で目隠しをした。少年は少し恐怖を感じたのか、ひっと声を漏らす。
それを見た佐伯は、少年の耳元で「大丈夫。痛くは無いよ」と優しく言った。
佐伯は何も見えない少年をもう一度自分の方に向かせ、座らせた。
宣言をした通り、佐伯が少年に暴力を加えることは無かったが、佐伯は執拗に優しい手付きで少年に愛撫を加えた。
性的な快感を知らない少年から、少しずつ、声が漏れた。佐伯は一言、言った。
「好きだよ」
「いっ、いや…お兄さん…怖、いよ…っ」
「………」
佐伯はそれを聞いて黙り込む。立ち上がって下半身だけを故意に露出させた少年の姿を一瞥すると、少年をそのままにして廃墟を出た。
何事も無かったかの様に佐伯は自宅に帰る。
* * *
佐伯の部屋から熱い息が聞こえる。
これが自慰の最中な事は明白であった。
佐伯は果てた後、天井を無意味に仰いでいた。そしておもむろに今は家族のまだ帰って来ない家の部屋の床を精一杯殴りつけた。
「なんでだよ…っ、何で弱いくせに…俺の物にならないんだ…っ、…」