1800年代、フランス。
そこには代々ワインの売買を生業として発展した梶本、という一流貴族があった。当然、26代目当主もワイン関連の商いを主とし、地方に名を轟かせていた。フランスの各地方で作られる様々な種のワインを揃えていた。通には約紀元6000年から続くワイン史上最高のワインと称する者もおり、梶本家の毎年のボージョレ・ヌーボーは幾多の反響を浴びた。度々屋敷で開かれた社交パーティーには大勢の著名人が招かれ、その度に招かれた著名人達はワインに高い評価を残した。梶本家はどういうわけか日本の血が濃く混ざっていて、名前も日本人らしい名前をしていた。根源は日本でも地位の高い人物だったらしく、その証拠に日本風の苗字を残していた。フランスでは梶本家のワインをKajimoto Brandと呼び、愛された。その中、1789年、フランスでは後に有名となったフランス革命が起こった。その結果、王侯貴族の料理人やサービス係は町に出、良質のワインも庶民の口に入るようになった。そしてその料理人達がレストランで働くようになりソムリエが誕生した。26代目当主の息子、貴久は礼儀正しく、親の言いつけを何でもこなす優秀な息子であったが突如そのソムリエに道を進めた。梶本家の後継者の貴久は嫡子であったためKajimoto Brandの跡継ぎとなる事は決まっていたようなものだが反対を押し切る、というより親族の反対の声に全く耳を貸さずソムリエとなった。その内、ワインの商いではなくワインそのものの虜となって貴久は屋敷に地下の部屋を作らせ、そこにワインと共にソムリエの道を更に極めたい、と篭るようになった。
そこで、世話係として家系代々梶本家に仕えてきた千石家の末子の清純が共に地下室に住まう事となった。こちらの家系にも日本の血が混ざっているため、恐らくは先代がフランスに移住してくる以前の主従関係だったと思われる。清純は貴久に絶対の忠誠を家ぐるみで誓っていた。薄暗い地下室で二人は暮らしていた。
* * *
「そうだ、喉が渇きましたね」
「…はい」
清純は立ち上がり、棚からなで肩のブルゴーニュ型のボトルを取り出す。使い込まれたソムリエナイフで右上のナイフでキャップシールを切り取りスクリューと右下の金具でてコルクを引き抜く。ポン、という音がしてコルクが抜ける。自分用のグラスに少しだけワインを注ぐとソムリエティスティングをする。問題ないと確認した清純は貴久のグラスにワインを注ぎグラスの脚を持ってゆっくりと運ぶ。清純は貴久の座る椅子の右横に跪き、震える声で言った。
「飲み物を、お持ちいたしました…」
貴久はそれを受け取らずに清純のグラスを掴む手を包むように握りながら耳元に口を寄せて囁く。その口元は少し笑みに歪んでいた。
「何処のワインですか?」
「ぶ、ブルゴーニュ地方、コート・シャロネーズ地区のリュリの赤ワインです…」
「そうですか」
貴久はグラスを受け取ると、数少ない明かりにワインをかざす。赤色が透き通り輝いていた。貴久は納得したように「良いワインですね」と言うと葡萄そのもののアロマと熟成したときの香りであるブーケを嗅いだ。そして少しだけ口に運ぶ。その一挙一動が貴族の血か元の美麗さからかは定かではないが上品であった。清純は思わず見とれてしまった。清純の座り込む床だけが、18℃前後という赤ワインを保存するのに丁度良くした温度によって妙にひんやりと感じられた。貴久は椅子の前の木製の机にグラスを静かに置いた。立ち上がり清純の元に歩み寄ると、その髪を撫でた。
「君も、何か飲みますか?」
「い、いいんですか…?」
「いつもの通り、代償は後でしっかりと頂きますから構いませんが」
「…う、あ、はい…」
「赤にしますか?白にしますか?」
「貴久様、がお選びになって下さい…」
「分かりました」
貴久はそのワインの豊富に並んだ棚に向かう。ワインとか違った棚からクレーム ド カシスを取り出し、そこに冷蔵用の棚から辛口白ワインを取り出し、カクテルを作った。グラスに注ぎ座り込んだままの清純の元に持っていく。手で受け取ろうとする清純の手を遮り、顎を掴みながら貴久は清純の口にカクテルを注いだ。一筋、清純の口の端からカクテルが滴った。その赤紫色の軌道を貴久が親指でグイ、とふき取りぺろりと舐めた。「美味しいですか?」と聞く貴久に貴久の仕草を見た清純が少し赤くなりながら「はい」と答える。甘酸っぱい爽やかな味が妙に官能的に思えた。
「これはキール、というカクテルです。食前酒で女性が飲むと一際映えると言われるんですよ」
「お、俺は、男です…!」
「そうですね。でも僕から言えばキールを飲む君は充分に魅惑的でしたよ」
「…っ、何が、仰りたいんですか…」
「しいて言うなら、君は僕の“女”としているしかないという事ですね」
「だから、俺は男…」
「寧ろ、“犬”、と言った方が良いでしょうか」
「っ、確かに、千石家は梶本家の犬かもしれません、でも…」
「そんな家の事を言っている訳ではありませんよ。君が僕の飼い犬だという事を言っているんです」
清純が言い返そうとするが言葉を発する前に貴久がカクテルの残りが入ったグラスを清純の口に当てる。いきなりの事に全てを飲みきれず、清純は咽てしまった。僅かに涙目で咽る清純を見下ろして貴久は「やっぱり、君はキールが良く似合う」と呟く。顔を上げた清純の頬に手を当てる。
「では、こうしましょう。僕は地上に出たくない可哀想なソムリエ。君は可哀想な主人に忠誠を誓う介助犬です」
「何ですか、それは」
「そのままですよ。それはそうと、キール分の礼を頂かなくては」
冷たい床の上に清純を組み敷き、その上に貴久は覆いかぶさる。清純のワイシャツを肌蹴させると肩の部分を露わにさせた。直に触れる床の感触に清純が反応した。貴久はそれに反した温かい手で清純のワイシャツの中を弄る。清純が押し寄せる感覚の中、懇願するように言った。
「あ、あの…ベッドが良いです、ここ、冷た、いっ」
「犬の割には随分お喋りなんですね」
貴久はそう言うと床で行為を続けた。清純を愛犬のように扱う。犬のように、しかし愛しそうに愛撫する。犬のように四つん這いに這わせたり、舌を使わせたりした。その度に清純の体はしっかりと反応を示した。まるでその様子は撫でられて気持ちよさそうにする犬の如く、だった。善がる声は貴久には主人を呼ぶ犬の切なそうな声としか思えなかった。意地悪く扱えばすぐに警戒するような挑戦的な反応をする反面、少し優しく扱えば恩を忘れないという犬の様に抱きついてきたり積極的になった。
果てた清純は貴久の膝に頭を乗せて眠ってしまった。その頭を優しく撫でた貴久はフッと笑みを洩らし、「本当に犬ですね」と呟いた。