「ん、ぁ…貴久様…?」
「目が覚めましたか?」
「す、すいません…眠ってしまって…」
「構いませんよ、僕の膝で眠る君はとても犬の様で可愛らしかったから、ね」
「貴久様は、犬がお好きなんですか…?」
「ええ、とても好きですよ。勿論君の事も」

貴久は清純の明るいオレンジ色の髪の毛を一本一本撫でた。部屋のランプのオレンジ色と調和していて良く映える髪だった。清純のまだ眠たそうな若緑色の瞳がゆっくりと貴久の手を捕らえる。その大きな手からは、フランスの西南地方のボルドーの更に上流のロット川流域にあるカオールで作られるオークセロワという葡萄を70%以上使う色の濃いワイン、通称「黒ワイン」の香りがした。赤ワインの香りが清純は好きだった。いつか、フランス全土を貴久と共に旅してみたい、という願いを持ったこともあったが、それはとうの昔に諦めていた。清純は仰向けになって貴久と視線を合わせる。何か話そう、と思った清純の口から出てきたのは、本当に他愛も無いことだった。

「この家では、ヴァン、とは言わないんですね」
「今更どうしました?」
「ワイン、と呼ぶのは貴久様や御当主様、奥方様達だけです。ご来客になる方は皆様ヴァンと言う」
「そうですね。確かに、この国ではワインの事をヴァンと呼びますね。長い話になりますが、君も知っているでしょう?我が梶本家、そしてそれに代々仕えてきた千石家は日本が出であると」
「はい…」
「我が家の言い伝えですが、日本が1623年にイギリスとの貿易の商館を閉鎖する以前、イギリスからは商人が日本へやって来た。勿論、それは貿易の為でしたが、その中に2人、日本に完全に移住した者がいるそうです。それが、梶本家の初代当主と千石家の始まりになったと言われています。そこからまたこの国へやって来た理由は知りません。が、そういう訳でワインという英国の言葉を用いたんでしょうね。元が商人ですから自分たちの商売には誇りがあったはずだ。だから独自の言葉を商売道具であるワインにだけは残した、という言い伝えがあります」
「そう、なんですか…」
「何か食べますか?クラッカーでも」
「いえ、お腹は、空いていません」
「そうですか」

貴久は、ポケットから何かを取り出した。ワインのような真紅の色をしたそれをゆっくりと清純の首に付ける。ベルトを締めると貴久は微笑んで「出来ましたよ」と言った。清純がそれを確かめるために首に触れてみると確かにそこには太い首輪が付けられていた。不安そうに若緑の瞳が揺れて貴久を見る。清純の両目に写った二人の貴久は確かに笑っていた。事後で一糸も纏わない清純の体にその首輪だけが赤く、異彩を放っていた。貴久が愛しそうに首輪を触りながらその手を清純の体へと伸ばしていく。指の感触に、まだ火照った体の冷め切らない熱が再びぶり返して清純を蝕んでいく。頬が紅潮して、明らかな反応を見せ始めるまでの時間はそう長くは無かった。

「良く似合っています、いっそこのまま裸体のままでいると更に犬のように見えて良いですね」
「…っうぁ、寒い、です…」
「それは可哀想ですね。ではシャツだけでいなさい。他のものは身に着けなくていい」
「下着、は…」
「犬はその様なもの付けませんが?」
「っ、す、すいません」
「分かれば良いんですよ」

貴久は立ち上がり、平たい皿にワインを注いだ。それを清純の目の前に差し出す。清純が「どうしてグラスではないのか」と言いたげにしていると貴久は「舐めて飲んでください。犬でしょう?」と言った。震えるて座り込む清純を腰を撫で、耳元で「犬は、四つん這い、ですよ?」と囁く。清純はゆっくりと四つん這いになり舌でワインを舐め始める。そのワインはリキュールによってアルコール度数を強くしたヴァン・ドゥ・リケールというワインだった。ワインというよりどちらかというとリキュールに近いその味に、清純はビクッ、と反応した。それでも貴久の視線を感じて、舐める事を続けた。ピチャピチャ、という音がいやらしくその地下室に響く。貴久の紺碧の瞳が清純の瞳と対照的だった。

「良い子ですね、君は。ワインの次は僕の方もお願いします」
「…っ、た、貴久様」
「昨日あんなに上手だったなんて初めて知りました。そのまま這って僕のところに来てください」

優雅に座る貴久の元に、犬の如く清純が向かう。膝立ちになって口を使う清純の脚が震える。

「ん…っぅ、む…」
「っは、膝が震えて、いますよ。そんなに辛いですか…?」
「…ふぁ、い…」
「仕方ないですね」

清純の脇に手を挟み、抱き上げて自分の膝の上に抱いた。すぐに侵入してくる感覚に清純は声を上げながら生理的な涙を流した。貴久が舌を清純の胸に這わせる。生暖かい感覚が、清純を遅い、逃れようとする度に体内の貴久の感覚が清純を刺激する。体を快感に喘がせながら、きれぎれに清純が言う。

「名前、呼んで…っ下っ、さい…あっ!」
「随分、甘えたがりなんで、すね」
「貴久さ、ま…」
「清純、き、よすみ、きよすみ…」

ワインの酸味の効いた香りが青臭さに混じって部屋に充満していた。





黒ワインの香り




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