あるマンションの一部屋。マンションはランク的に言えば中の上で中々新しい物件である。窓からの見晴らしはとても良く、東京の中央部にも関わらず人々の雑踏などは感じさせないような部屋であった。
そこのフローリングにあぐらで座っているのは忍足侑士。いや、座っているというより“存在している”と言った方が正しいだろうか。フローリングの床にも関わらず、座っている場所には別に絨毯や座布団類は一切無い。忍足は何をする訳でもなくただそこに居た。目は何処か一点を見ているのに、何も映っていない。まるで“生気”が無い。広い部屋の端に居るだけだ。今日は平日であり、忍足は本来ならば大学に行くべき日である。それなのに忍足は何処にも行こうともしない。
この状態はかれこれ2ヶ月近くから続いており、それはこの部屋の同居人がこの世に存在しなくなった日からである。





『忍足、早く行くぞ。大学遅れんだろ』
『ああ、今行くで景吾』

『医学部はどんな感じだ?』
『寂しいで景ちゃんの経済学部と遠いからなあ』

『今日は遅くなんだろ?』
『そや、何か研究するとか言ってたなあ。せやから先帰ったってな』
『ああ、じゃあな』

『景吾もう帰ったんやろな』
『忍足!すぐに○○病院に来てくれ!跡部が!』

『申し訳ございません、我々としても全力を尽くしたのですが…』

『かわいそうねぇ、今運ばれた子、まだ若かったのに』
『知ってる?あの子もう少し早く治療が始まれば助かったんですって』
『事故でしたっけ?』





既に日は暮れ、そして瞬く間に次の日を迎えていた。窓からは朝日が降り注ぐ。強いながらも心地よい日差しが窓から差し込み、部屋を暖めていた。
忍足はうたた寝から目を覚ます。そして自分がうたた寝してしまっていた事に気が付くと自嘲的な笑みを浮かべた。


「俺も腑抜けてしもたなホンマ…」

しかし次の瞬間、人の気配がある事に気が付いた。二ヶ月前から自分しか存在することの無いこの部屋に。その気配が次第に近づき忍足の前に姿を現す。
その姿を確認すると忍足は目を見開いた。


「忍足、早く行くぞ。大学遅れんだろ」







(幻でもいい、君に逢いたかった)






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