「けい、ご…?」
「はあ?何寝ぼけてんだテメーは。早くしろ、朝飯出来てんだからよ」
「景吾作ってくれたん?」
「仕方ねーだろ、お前そこで寝るほど…その、疲れたんだろ?」
「ホンマうれしいわ、新婚さん見たいやね」
「っ、くだらねえ事言ってねえで食べろよ!」


テーブルに並んだ朝食は決して綺麗に手馴れた者が作ったものとは言えないだろう。それでも、下手ではなく、簡素な所も朝の寝起きには丁度良く感じるだろう。跡部は、この生活をするまで料理など勿論した事もないし、包丁一本握った事も無い生活を送っていた。それは跡部の家柄から一目瞭然である。
忍足と跡部はそれぞれ向かい合う形でダイニングテーブルの席に着く。二人で食べる朝食は二ヶ月前となんら、否全く換わりはしない。時々交わす言葉に大した意味は無く。それの大切さに気づいたのは随分後だったものだが。微かに聞こえる車のエンジン音も、他の部屋に住む人々の朝の慌しさも。全て前と変わらなかった。まるで時が僅かも流れていないようで。時の流れを止めたいと思っていたのは、


「景吾はどっか行きたい所とかあるん?」
「?今日か?」
「せや。どこでも連れてったるで」
「今日は講義あるだろ」
「一日位別に大丈夫やって」
「…そうだな…じゃあ、」





「来たかったのって楽器屋なん?」
「ああ」
「景吾なら家で取り寄せでもオーダーメイドでもしそうやけどなぁ」


そこはどこにでもあるような楽器屋。並ぶ楽器も少々値が張る物がちらほら見えるとはいえ、庶民に買えない物はほとんど無い。
跡部はここ以外に行きたい所を提示しなかった。忍足自身も少し意外に感じたものの別に嫌というわけではないので何も言わずに一緒に来たわけだ。当の跡部は楽器には目もくれず、冊子をパラパラと物色していた。
それは、やはり何処にでも楽器屋なら売っている楽譜だった。
跡部は、ピアノ用の楽譜を見ていた。そして、クラシック曲集で手を止める。


「結局何買ったん?」
「あ?これだよ」
「楽譜…?景ちゃんウチ帰ったらピアノでも弾くつもりなん?」



「ちょっと、したい事があってな」






(欲しいものがあるんだ、かけがえのないものが)






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